カインドママ

いつもと違うクリスマス

サンタクロースがいないなんてなァ、絶対ウソだな。いるんだよ、本当に。
でもよ、ほら。世界中のガキんとこにプレゼントを届けるなんて出来ないだろ?
だからサンタクロースは世界中の父親に頼んだんだ。
「私の代わりに子供達にプレゼントを贈ってくれないか」ってな。
おめぇらの家にサンタクロースが来ないのは、そういうことだったってワケだ。



話を聞き終えた子供たちは、目をキラキラさせて話し手を見た。
「他に、サンタクロースについて聞きたいことがある奴は?」
話し手…ヒゲ面にサングラスの、ゆったりした体格の男が、子供達を見まわす。
「はーい!しつもーん!!」
青いキャップをかぶった少年が手を挙げる。
「はい、そこのボウズ」
「おじさんはー、どーしてー、サンタクロースのこと、くわしいのー?」
ヒゲ面の男はニヤリと笑う。
「そりゃあ…本人に直接聞いたからさ」
子供達は一瞬だけ固まる。
笑う子、ますます目を光らせる子、疑いの眼差しを向ける子。
そして。
「あの…」
気の弱そうな女の子が、おずおずと手を挙げる。
「ん?なんだい嬢ちゃん」
「わたしのパパ……死んじゃったの。会える?パパに…」
少しの沈黙の後、サングラスの男は優しく笑う。
「サンタクロースの本当のプレゼントってのはな、物じゃねぇのよ。そうだな…嬢ちゃんには親父さんとの夢でも贈ろうか…」
「え…?」
ゆったりした体格の男は、くるりときびすを返し、片手を上げる。
「おめェら、欲しい物があるんなら、心の底から望むんだな。会えねェ人にも会えるんだ。聖夜ってなァそーゆーモンさ。あばよ!」
言うが早いが、話し手の男はバイクに飛び乗り、走り去った。
その後ろを一台のパトカーが追いかけていた。



それが、一週間前の話である。



『気の弱そうな女の子』の友達、トレーシーにその話を聞いたネスは、恐る恐る彼女に聞いた。
「トレーシーの欲しいもの…望むものって、なに?」
待ってましたとばかりに、トレーシーは満面の笑みを浮かべ、まくしたてる。
「パパ!パパに会いたいの!あ、でもプレゼントは欲しいな。あのね、ツーソンデパートで可愛いワンピースが売っててね。あ、だけどサンタクロースはパパに頼んだんだっけ。パパがくれるなら何でもイイかもっ」
普段の彼女からは想像もつかないほどのテンションで、一気にここまで言うと、小さい溜め息を一つついて、トレーシーは淋しそうに微笑む。
「…夢でも、いいかな。枕の下にパパの写真、置いておこっと」

二人のパパは、借金こそ返したものの、出先で重要なポストにいるため多忙な毎日を送っていた。夏休みも冬休みも無いし、たとえ1日休みがあったとしても、 海外から戻ってくるには短すぎた。ネスもトレーシーもそれは知っていた。そして、パパが長期休暇を取ろうと仕事を早く片付けるほど、さらに仕事が増える事 も知っていた。

「でもさ。生きてるんだ。生きてるんだから、いつか会えるよ。そりゃ『いつか』じゃなくて『今』会いたいのは僕も同じだし、わかるけど」
「ねえ、お兄ちゃんは、パパに会ったら…どうする?」
話をさえぎるようにトレーシーが聞く。
「え…っと。どうするだろう。トレーシーは?」
聞き返し、トレーシーの方を見る。彼女は、泣きそうなのをこらえつつ、笑う。
「だっこ!」
こらえきれず、こぼれる涙。ネスは、大切な妹を力強く抱きしめていた。
「僕も、そうだな」
「うん…。でね、『大事な子供を ほっとくなー』って ぽかぽか叩くの」
2人は、照れ隠しも兼ねて笑いあった。



クリスマスまで、あと5日。



「ねえねえ。パパが今いる所って、クリスマスにはベッドに靴下をぶら下げて寝るんですって。でね、欲しい物を書いた紙を、その中に入れるらしいのよ。うちでもやってみない?」
電話の受話器を置いたママが言う。
「靴下?…普通の靴下?」
ネスが怪訝そうな顔をする。
「ううん。キルトや毛糸なんかで作ったものだそうよ。パパがこっちに送ってくれたらしいの。楽しみだわ~やりましょうね♪」
ソファーでうたた寝をしていたハズのトレーシーが飛び起きる。
「やるやる!パパとおそろい♪」
「じゃ、決定ね。ネスもやるわよね♪」
「うん。いいよ。おもしろそうだし。……ん?」
突然 真顔になったかと思うと、ネスは勢いよく立ちあがった。
「…ママ、ちょっとツーソンまで行ってくる」
「あら、ポーラちゃん?」
「うん。行ってきます」
コートを着込み、飛び出すネス。残された2人は、顔を見合わせ微笑む。
「テレパシーだっけ。便利だね」
「ふふっ。将来が楽しみだわ~♪」



ここはツーソン。ポーラスター幼稚園前。



そろそろ着く頃かしらと外に出たポーラの目の前を、猛スピードで何かが通りすぎた。遠くの方で、どかん!とぶつかる音がしたその少し後、黒い煙に咳き込みながらネスが歩いてきた。思わず笑顔になるポーラ。
「けほけほっ。…ふう。で、何?急用って」
「テレパシーでも電話でも良かったんだけど…会って話したいと思って。ちょっと歩かない?」

夕暮れのツーソンを、ゆっくりと歩く2人。なんだか緊張して、黙り込んでしまう。先に口を開いたのはポーラだった。
「あのね、最近『トンチキさんを見た』ってよく聞くの。警察が追いかけた事もあるとか…」
「…そう。フォーサイドの新聞、ウソ書いてたのかな」
言ってはみたものの、トンチキさんが生きているとは考えにくい。
「…生きてるなら嬉しいに決まってる。…でも、僕はマジカントで会ってるんだ…」
「でも…それはネスの想像かもしれないんでしょう?」
「…うん」
ネスは内心、あのときのトンチキさんは本物だと確信していた。理由は無いけれど、そう思わせる『何か』が、そこにはあったのだ。

2人は無意識にヌスット広場に向かっていた。

ヌスット広場は、トンチキさんが『行方不明』になってから、公園にしようという役所の意見を市民がつっぱねた事により、閉鎖されていた。
……ハズなのだが。 

広場は、クリスマス風にデコレートされていた。
華やかな電飾、木々にくくりつけられたリボン、それから、それから…。
広場は、さながらパーティのようだった。

「なんだこりゃ…」
小さく呟くネス。一つの派手な看板が目に入る。

『メリークリスマス、愛するバカども!
トンチキさまからの、最初で最後の
でっけえプレゼントだ!   トンチキ』

看板の前で呆然と立ち尽くす2人。
「これ、多分…トンチキさんの字だわ。私、聞いた事があるの。トンチキさんはブロック体の大文字しか書けないって」
震えながらポーラが言う。
「でも…最初で最後って…?」
言い終わらない内に、トンチキさんの小屋から大きな声が聞こえてきた。
「これからは まっとうな人生を送るぜ!」
「ああ!!トンチキさん!」
「か な ら ず だ!!」
「おれ、いつか学校の先生になってやる!ガキんときの夢だ!」
「胸張って、会えるように!」

「「「メリークリスマス!!」」」

広場で店を開いていた連中だろうか。口々に叫びながら、小屋を出、広場を出て、歌い始める。
誰でも知ってるクリスマスソング。
ほとんどメロディーの無いその歌声に、2人は何故か聞き入っていた。

しばらくボーッとしていた2人が我に返り、小屋に向かって走る。
小屋には誰もいなくて、あったのは、バイクのタイヤの跡だけだった。



そして。



今日はクリスマスイブ。

届いた靴下をベッドにぶら下げ、ツリーの下にプレゼントを置くトレーシー。
「パパへのプレゼントは、会って渡すから、ベッドの横に置いとくの」
にこっと笑う。ネスは、彼女の靴下にパパの写真があるのを知っていた。
「お兄ちゃんはパパって書いちゃダメだよ。パパはあたしと会うんだー」
腰に手をあてて、胸を張り、早いもん勝ちだもーん、と言いながら部屋を出る。
「じゃあ…そうだな…。僕は…」
自分の部屋に戻り、机の上のメモ帳を1枚破り取る。ペンで文字を書き入れ、靴下に入れる。
少しだけ、期待を込めて…靴下をベッドにぶら下げた。

去年と同じクリスマスイブ。
でも、今年はちょっとずつ何かが違っていた。
何かが起こりそうな…。わくわくするようで、ちょっと不安な、そんな雰囲気。
街じゅうが、いや、世界じゅうがそんな雰囲気に包まれていた。



その夜…イブからクリスマスになる瞬間のこと。



シャン、シャン、シャン… シャン、シャン、シャン…

鈴の音が聞こえてくる。……いや、鈴の音だけじゃない。

ブォン、ブォン、ブロロロロ……

これは…バイクの音?
うるさいようで、どこか心地よい、低い音。誰かを思い出す。
目をこすりながら、ネスは起き上がり、ベッドから降りた。

「よう」
低い声で。照れくさそうに笑って。
ネスが、パパの次に『会いたいけど会えない』と思っていた人が、目の前で片手をあげていた。
「…あ……」
「久し振りだなァ、ネス。お前、俺に会いたいなんてワケわかんねェ事書くなよな。…ったく」
しょうがねぇなと笑うトンチキさん。
そう、トンチキさんが。本当にネスの目の前にトンチキさんが立っていたのだ。
「ど、どうしたの?なんで?えっと…」
混乱しているネスの頭に手を置いて、トンチキさんは優しく笑う。
「死んだ後によ。なんでか知らんが、何代目かのサンタクロースに任命されたんだわ。しゃーねぇから、バイクに乗ってもいいなら引き受けるっつってよ。まァあれだ。サンタクロースになっちまったってわけだ」
「そ…う、なんだ……」
「俺ァよ、バイクとか車とか運転したことなくってな。それだけが心残りだったんだ。今は、まあ他の小せェ心残りも、なんとか片付いたし、似合わねえけど…やってみようと思ったんだ。サンタクロースってのを」
壁の方を見ながら、ぼそぼそと小さい声で話すトンチキさんの顔は、(サングラスでよく見えないが)とても幸せそうだった。
「…トンチキさん」
「ん?」
うつむいたネスの顔を覗き込むトンチキサンタ。泣いてるか?と思ったが、ネスは笑っていた。
「手、どけてよ。痛い」
「おっと、わりィわりィ」
がははと笑うトンチキサンタ。ネスもつられて笑う。そして真面目な顔つきになったかと思うと、トンチキサンタは、ネスの両肩に手を置いた。
「次のサンタクロースは、ネス。お前だって決めてるんだ。でもな、俺は何年も何十年も続けるつもりだ。だからお前は百歳とかンなってから来い。俺みてえに早死にすんじゃねぇぞ。か な ら ず だぜ!」
「…うん。言われるまでもなく、だよ」
力強くうなずくネスを見て、トンチキサンタはきびすを返す。
「じゃあ…そのときまで…」
言いかけた刹那、窓の外から鈴の音と共に怒鳴り声が聞こえる。
「ご主人様!いいかげん帰りますよ!」
トンチキサンタは、おっと、と言いながらバイクに飛び乗り、エンジンをかける。

ブォン、ブォン、ブオォン…

「すぐ済むから待ってろっつっただろーが!」
「あなたの『すぐ』が、どれくらいなのか、私はまだ知らないんですからね」
「ハイハイ。…じゃあな、ネス。そのときまで、な」

シャン、シャン、シャン…

ブオォン、ブォン、ブォン…

窓に駆け寄り、その窓を思い切り開けるネス。無我夢中で叫ぶ。
「トンチキさん!あなたは!僕に!『俺みたいになるな』って!言ったけど!…僕は!あなたの生き様が好きだ!!」
バイクは止まらなかったが、ネスの耳にはトンチキサンタの声が聞こえた気がした。
「トンチキさん、じゃない。トンチキサンタと呼びな。…可愛い彼女によろしくな。じゃあな、あばよ!愛するバカども!」

シャン、シャン、シャン…

バイクの音が聞こえなくなった部屋で、鈴の音だけがネスの耳に残っていた。



そして、クリスマスの朝。



「ホントだよ!パパがいたんだよ!なんで?って不思議がってたの。でね、プレゼント受け取ってくれたんだよ!」
何度目かのトレーシーのセリフ。ベッドの上でピョンピョン飛び跳ねる。
「信じるってば。疑ってないだろ?僕だって会いたい人に会えたんだし」
まだ寝ていたネスのベッドに飛び乗ったトレーシーは、何度も何度も同じ事を話していた。本当に、心の底から嬉しそうに。
「どうしたの?何の騒ぎ?」
ママが部屋に入ってきた。トレーシーはベッドから降りて、ママに駆け寄る。
「あのね!昨日ね!パパがね…!!」


2001/12/11-20 up
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