カインドママ

Trash can

「じゃ、ぱぱっと行って取ってくるから」
そう言って、自称『僕の友達』は行ってしまった。

暗くて狭いゴミ箱の中。
僕はいつからココに通うようになったんだっけ。
ずいぶん前のことだから忘れてしまった。
ひとつ覚えているのは、僕をいじめていたあいつの一言。
「お前みてーな 能無し ( Trash ) ゴミ箱 ( Trash can ) にでも入っちまえよ!」

あのときの笑い声が今でも頭から離れない。
…そうだよ。どうせ僕はゴミなんだ。ゴミ箱がお似合いだ。
だけど…家に帰るたび、これじゃいけない、このままじゃいけないって思ってた。せめて、せめてママに弱音を吐くことができたら…。

 ガタン!ガチャガチャッ

!!…だ、誰だろう…。用務員さんだといいんだけど…。
もし、もし…あいつらだったら…僕は逃げ場を失ってしまう。

「あっれー?さっきカギかけてったっけなー」
…さっきの子だ……。早い。早すぎるよ…。

 ガチャッ

「お、開いた開いた。立て付け悪かっただけか」
足音が近づいてくる。…イヤだ。出たくない…。
さっきは、ちょっとだけ外に出たけど…。それでも、やっぱり怖いんだ。地面しか、見られない。
「取ってきたぞ、ペンシルロケット」
「えっ!?本当かい!!」

 がたんっ

思わず立ち上がってしまった。
目の前に、自称『友達』が、いた。

そいつは、日焼けした顔にバンソウコウなんか貼っていて、いかにも、スポーツ少年って感じの子だった。
僕とは正反対だって思ったとき、ちょっと胸がチクッと痛んだ気がした。
「よう、ロイド。やーっと出てきてくれたな」
『友達』は、ニカッと笑って、少し並びの悪い白い歯を見せる。
うつむいている僕には、口しか見えないけれど。
「わあ、これが…あの噂のペンシルロケットか…」
そーっと差し出す僕の手をサッと避けると、『友達』はニヤッと笑う。
「おっと。まだ渡せないぜ。交換条件がある」
「な、何?僕は何も持ってないよ」
自称『友達』は、多分、僕の目をじっと見てる。僕は顔を上げることができないけど、そんな気がした。
そして『友達』は、強くハッキリと言った。
「俺の名前はニンテン。俺の旅についてきてくれ。それが条件だ」
僕は固まってしまった。『ニンテン』は慌てる。
「どうしたんだよ?…おーい」
目の前で手を振られ、ハッと我に返る僕。
「旅…って…?」
「あー、うーん、簡単に言えば『地球を救う旅』なんだけど」
「は!?」
再び固まる僕。ニンテンは続ける。
「ロイドも知ってるだろ?UFOの出現に動物の凶暴化…。その元凶をどうにかしないといけないんだ。俺と君と、あと誰かで」
……沈黙が流れる。
もう一度ニンテンが喋ろうとする前に、僕は口を開いた。
「なんで、僕が?いじめられっこで、機械バカで、何の取り柄も無い、この僕が!?強そうで…なんでもできそうな君と?どうして!」
久し振りに叫んだ気がする。
頭に血が上っているのか、口は勝手に動きつづける。
「バカにしてるの?僕なんかが、そんな…大それた事できるわけがないじゃないか!どうせ君も、あいつらと同じで…僕を笑い者にしたいだけなんだろ!!」
後半は、涙声だった。…かっこ悪い。僕は泣いてたんだ。
…少しずつ顔を上げていく。ニンテンは、2人の間の地面を見てた。
握ったこぶしが震えてる。…そして、顔を上げて、ひとこと。
「行くぞ」
驚いてニンテンの顔を見る。初めてニンテンと目が合ったそのとき、判ったんだ。
ニンテンが、僕の友達だってことが。
「…あ……」
「行くぞ」
言うやいなや、僕の手を掴む。
そしてその手にペンシルロケットを握らせると、僕を睨み付けた。
「交渉成立だ。文句は言わせないからな。ロイドは学校にいるのが嫌なんだろ?ちょうどいいじゃないか。ついでに鍛えてやるよ。だから、来い」
その声は、少し震えてる気がした。泣いてるようにも聞こえた。
だからってわけじゃないけど、僕は気づいたら何度もうなずいていた。
「…うん、うん。わかった。行くよ」
「…そうか。行くぞ」
「それに…そうだ、ペンシルロケット。これなら同じものを作れるかもしれない。理科室に来てくれるかい?」
「ああ。…じゃあ、そこから出な」
ゴミ箱から出てきた僕を見て、ニンテンは優しく笑った。
そしてその直後、彼はゴミ箱に駆け寄り、バットで殴りかかった。

 ガン!ゴン!ガァンッ!!

バットで叩いて、蹴飛ばして。
僕の逃げ場を壊してゆく。
壊してくれている。
ああ、情けないことに、僕はまた泣いていた。

西の空が赤くなってきた頃、ゴミ箱だった物を背にして、僕とニンテンは外を眺めていた。
「ねえ…」
「ん?」
大あくびをしていたニンテンが、僕を見る。
「どうして…ゴミ箱をあんなにしたんだい?」
僕のため?…とまでは聞けなかった。
ゴミ箱を壊していくニンテンの顔は、見ていられないほど辛そうだったから。
「…アレだ。八つ当たり」
「八つ当たり?」
「そ。…言っとくけどな。俺は強くもないし何でもできるわけでもない。ただちょっと変な力が使えるってだけの普通の人間だ。お前がいじける材料にはならないんだよ」
ムスッとしたまま、ぶつぶつ呟く。
僕は、自分でもびっくりするぐらいの笑顔で、ニンテンを見てた。
「悪かったよ。でも『お前』じゃないよ。僕はロイドだ。…これから、よろしく。ニンテン」
手を差し出す僕。ニンテンは一瞬驚いたけど、すぐ、にかっと笑った。
「へっ。調子いーなあ。…よろしく、ロイド」

そして僕たちは、かたい握手を交わした。

補足:Trash…くず, ごみ/能なし(参照

2001/10/23 up
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